技術レポート
05/2021
3Dプリンティング用フッ素樹脂PFAの開発(粉末床溶融結合法)
小森洋和
松尾岳之
寺田純平
ダイキン工業株式会社
化学事業部
マーケティング部
1. はじめに
3Dプリンタは、試作品用途や治工具などの作製を中心に活用されてきたが、近年、装置性能の向上や材料の高機能化が進み、さらに一体成形によるコスト削減や軽量化などが認められ、航空機・自動車・医療分野を中心に最終製品への展開が進んでいる1)。
ダイキン工業は、空調事業とともにフッ素化学事業も行っており、様々なフッ素化学品を開発し、製造・販売している。上述のように、3Dプリンタ向け材料の高機能化が進んでいることから、スーパーエンジニアリングプラスチックの一つであるフッ素樹脂を原料にして、粉末床溶融結合(Powder Bed Fusion)法向けに粉体の開発を行っている。本稿では、本手法に適したフッ素樹脂「PFA」粉体およびその造形物の物性に関して紹介する。
2. フッ素樹脂 PFAについて
2-1. フッ素樹脂
フッ素樹脂は、C-F結合の結合エネルギーが極めて大きいこと、また分極率が小さいことに起因して、耐熱性、耐薬品性、難燃性、耐候性、非粘着性、撥水撥油性など多様な特性を高いレベルで有する材料である2)。
フッ素樹脂にはいくつかの種類があり、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)がその代表である。PTFEは非常に優れた特性を有する熱可塑性樹脂であるが、溶融粘度が高く溶融成形が困難な材料であり、粉末を圧縮し加熱焼結させた後、切削するような加工法が用いられている。このため、溶融成形が可能なメルト系フッ素樹脂の開発が行われ、主要なものとして図1に示されるものが工業化されている。
2-2.フッ素樹脂 PFAの特長
PFA(テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体)は、PTFEとほぼ同等の特性を持つメルト系樹脂である。非常に優れた耐薬品性、耐熱性、難燃性、低比誘電率・低誘電正接、非粘着性などを有し、溶融成形性を持つことから、幅広い分野で利用されている。主な用途例としては、半導体製造プロセスで使用される部材(チューブ・継手・ウェハーバスケット・ボトルなど)、タンクライニングシート、リチウムイオン電池のパッキン、電線被覆材、OA機器の定着ロールなどがある。
図1 主なフッ素樹脂の化学構造と概要
3. 粉末床溶融結合について
3-1. 付加製造技術
名古屋工業研究所の小玉秀男氏による光造形法の発明にはじまり、これまで様々な付加製造(Additive manufacturing)装置が開発され、製造業を中心に利用されてきた。今日では、総称して3Dプリンタと呼ばれ、ホビー用途など個人の利用まで裾野が広がっている3)。
付加製造技術は、ASTMで(1) 液槽光重合(Vat photopolymerization)、(2)粉末床溶融結合(Powder bed fusion)、(3)結合噴射(Binder jetting)、(4)シート積層(Sheet lamination)、(5)材料押出(Material extrusion)、(6)材料噴射(Material jetting)、(7)指向性エネルギー堆積(Directed energy deposition)の7つのカテゴリーに分類されている4)。
3-2. 粉末床溶融結合(Powder bed fusion:PBF)
PBFは、粉末を薄く敷き、レーザーなどで選択的に熱を加えて溶融・固化し、これを繰り返すことで3次元構造物を作製する方法である(図2)。本方式は、オーバーハング形状を作製する際に、材料押出などで必要とされるサポート材が不要という特徴があり4)、このため、サポート材を除去する後工程を省くことができる。また、材料としては、耐熱性・機械強度が高いエンジニアリングプラスチック(ポリアミド12、ポリアミド6、PPS他)や金属などを使うことができ、このため最終製品を造形できるラピッド・マニュファクチュアリング装置として最も注目されている技術である5)。
図2 粉末床溶融結合(PBF)装置の概略図
4. PFAを用いた粉末床溶融結合について
4-1. PFA粉体(開発品)
PBFでは、供給部から造形部に材料を供給し、0.1mmの厚みで敷き詰める(リコートする)必要があり、粉体には高い流動性が求められる。現在開発中のPFA粉体は、粒径や粒度分布などを最適化することで、流動性向上剤などを添加することなく、PFA 100%の状態で良好なリコート性を示す(図3)。
図3 PFA粉体の性状とリコート性
4-2. PFA造形品の物性
PFA粉体を用いて、PBF装置(RaFaElⅡplus 300C-HT:アスペクト社製)で造形したダンベルの断面観察結果と引張特性を図4・図5に示す。比較に、熱プレスで作製したシートから打ち抜いたダンベルを用いている。
断面観察結果から、PBFで造形したダンベルには明らかなボイドは見られず、レーザー照射時における粉体同士の溶融・結合が良好なことが示唆される。次に、引張特性に関しては、弾性率・降伏応力は熱プレス品と同等であり、破断応力や破断伸度は熱プレス品の半分程度となっているが、それでも約150%の伸びを示す。ダンベルは曲げたり、ねじったりしてもクレーズが発生することがなく、高い靭性を示す(図6)。耐屈曲性データは今後取得予定である。
図4 各プロセスで作製したダンベルの断面図
図5 各プロセスで作製したダンベルの引張特性
図6 PBFで作製したダンベルの靭性
4-3. PFA粉体のリサイクル性
PBFでは、通常レーザー照射されなかった粉体はリサイクル品として再利用されるが、装置の材料供給部、造形部はともに予熱されていることから、熱による粉体の変質や劣化状態を確認し、リサイクル可能かを検証しておく必要がある。このため、PFA粉体を用いて造形を1回行った後、造形部から得られたリサイクル品の状態をSEMで観察し、さらにリサイクル品100%を用いて、リコート性と造形ダンベルの引張特性を評価した。
SEM画像から粉体の大きさや形状に大きな変化は見られず、またリコート性も良好で、凝集などが発生することなく均一な粉面を形成することができている(図7)。引張特性もバージン品と同等の結果となっており(図8)、より詳細な分析は必要であるが、長時間高温に晒されても、材料の劣化などはほとんど起きていないことが推測される。
図7 リサイクルPFA粉体の性状とリコート性
図8 リサイクル品で造形したダンベルの引張特性
5. まとめ
本稿で紹介したフッ素樹脂「PFA」は、耐薬品性や耐熱性などに優れ、他のスーパーエンジニアリングプラスチックには無い靭性の高さを併せ持つ材料である。今後は、各種データの取得を進めながら、試作用途だけでなく最終製品としてPFAの造形物が利用される用途の探索を行っていく。また、PFA以外のフッ素樹脂や他材との複合材を用いた開発、構造最適化やプロセスシミュレーションを用いた最適なデザインや造形条件の提示、などにも取り組んでいきたい。
<参考文献>
- 1)株式会社 矢野経済研究所, 2016年版 3Dプリンタ材料市場の現状と将来展望(2017)
- 2)独立行政法人 日本学術振興会・フッ素化学第155委員会 編, フッ素化学入門2010 基礎と応用の最前線, 三共出版(2010)
- 3)萩原恒夫, 3Dプリンタ材料の最新動向と今後の展望, 日本画像学会誌 第54巻 第4号:293-300(2015)
- 4)新野俊樹, 付加製造(Additive Manufacturing)の材料 ~スーパーエンジニアリングプラスチックのレーザー焼結を中心に~, 工業材料2016年5月号(Vol.64 No.5)
- 5)早野誠治, AM(付加製造)技術の動向と市場, SOKEIZAI Vol.55(2014)No.8
*本稿はマテリアルステージ誌2020年5月号に「粉末床溶融結合法向けフッ素樹脂PFA(開発品)について」として掲載された内容です。
関連記事
技術レポート
08/2022
フッ素樹脂PFAがもたらす新たな3Dプリンティングの可能性
ダイキンは、3Dプリンティングの「粉末床溶融結合法(PBF方式)」に対応したフッ素樹脂PFAを、世界ではじめて開発しました。フッ素樹脂PFAは耐薬品性、耐熱性や耐候性に優れているため、半導体や医療用途などへの展開が期待されます。