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そうですね。外付けセンサーだけでなく、車の内装材も紫外線の問題、汚れの問題がよく話題になります。クルマの高級感は、外装はもちろんのこと、自分で運転してハンドルを切ったときの感じやアクセルを踏む感覚で実感します。自動運転車では機械が人に代わって運転を行うことで、これらの感覚がなくなり、良いクルマに乗っているという実感が得にくくなるでしょう。
クルマの価値は外装やエンジンといった機器から、ソフトウェアやそれに付随するアップデートなど、制御装置や方法に重きが置かれるようになります。そのため、クルマの高級感は内装のクオリティで評価されるようになります。そうなると、内装材の役割は非常に重要です。今ある内装材は紫外線に負けてしまうことが多いので、耐UV性はとても大事ですね。
一方で、自動運転になり、クルマとしての違いを外装やエンジンに求められなくなると、カーシェアリングも増えてきます。レンタカーであれば、戻ってきた時にクリーニングをして、次の人に渡すことができます。しかし、カーシェアリングでは誰かが乗ったクルマにそのまま乗ることもあり、防汚や抗菌も含めて内装の表面をどうするかが大きなポイントです。
赤松 幹之
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
自動車ヒューマンファクター研究センター
主席研究員 工学博士
三浦 克哉
ダイキン工業株式会社
化学事業部長
インタビュー
08/2017
Vol.2 自動運転で変化する人とクルマの関係性
ー求められる技術課題と化学材料を先読みするー
自動運転化が進むことで人とクルマの関係性に変化が生じています。クルマに対しての個々の楽しみ方が多様化することで、よりヒューマンファクターを重視した材料提案や製品作りが求められています。自動運転の実現により、変化を遂げる自動車社会に必要なこれからの技術と化学材料について、産業技術総合研究所 自動車ヒューマンファクター研究センター 首席研究員 赤松幹之氏とダイキン工業 化学事業部長 三浦克哉(当時)が議論しました。
変わりゆく「人とクルマの関係性」から生じる技術課題をフッ素材料で解決
三浦
ダイキンは創業が1924年です。あと7年で100周年を迎えます。(2017年当時)空調の冷媒から始まり、樹脂、ゴム、化成品などフッ素材料の品揃えはおおよそ1800種類にのぼります。フッ素化学の分野では、デュポン社から分離独立したケマーズ社に次いでグローバルNo.2です。フッ素の特長を活かし、自動車、情報端末、半導体での売上比率が高まっています。
今後は、バッテリー関連の材料にも貢献していきたいと思っています。添加剤やバインダー部材はより良い性能と軽量化が求められるでしょう。金属が樹脂に変わりつつあるように、適材適所でさまざまな材料が使われています。フッ素を少し混ぜることで材料の加工性が上がったり、摩擦を減らしたりすることが可能です。フッ素は電気特性が良いので電線やLANケーブル、通信ケーブルの被覆材や基板、封止材など電子機器向けの材料としても使われています。スマートフォンの他にもいろいろなデバイスが出てくるので、基板用の材料やディスプレイなどのクルマの情報端末にも化学材料を活かしていきたいと思っています。
また、今後のクルマのニーズとしては特に耐UV性が重要と認識しています。フッ素はUVに強く、我々の汚れ防止や耐UV性の技術と材料が、自動運転車の外付けセンサーなどに活かせるのではないかと考えています。
赤松氏
三浦
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なるほど。我々は汚れ防止や指紋をつきにくくした表面機能材も展開しており、耐久性をあげたり、防水機能を付けたりと、お客様のニーズに合わせた研究開発を行っているので、その問題解決にも貢献できると思います。
また、フッ素樹脂やフッ素ゴムの加工品については、肌触り、質感がよいというお客様の声もあり、肌につける製品にも引き合いがあります。皮脂への耐久性もあるので、ウェアラブルの生体センサーにも活かせると思っています。
赤松氏
ウェアラブルセンシングは高齢ドライバー対応でニーズがあります。現在、メーカーとコンソーシアムを作り、高齢者の体調の急変を検知し、運転中の事故を未然に防ぐためのプロジェクトに取り組んでいます。高齢者の事故では、加齢に伴う心筋梗塞、脳梗塞、意識喪失が多く、不整脈で心拍が2~3倍になり、血液がうまく回らずに意識を失ってしまうというパターンもあります。今は医療用のセンサーを使ってデータを取っています。ウェアラブルで心拍や脈が測れると早い段階で検知できるので、気軽に付けてもらえるようなものがあると便利だなと思っています。
求められる技術課題を先読みするためには技術者同士のコミュニケーションが重要
三浦
自動運転車の開発における技術課題があれば教えてください。
赤松氏
整備されている道路であれば、白線を画像処理で認識する方法が王道です。しかし、車線と前方のクルマの情報があればいいかというとそうではありません。変化する環境をどれだけ安定してセンシングできるかというのが課題です。加えて、どの領域で、どのような条件であればそれが可能かを決める必要があります。また、システムに任せる範囲と人間が判断する範囲の線引きが難しいです。他にも、100キロメートルで1回のエラーなのか、1000キロメートルに1回のエラーなのか、確実性の定義も課題になります。エラーをゼロにすることはできないので、バックアップシステムを作って、少なくとも一定の範囲では心配せずに乗れるという信頼性が求められます。環境認識とそれに付随する安定性や精度が今の技術課題です。
三浦
非常に難しい問題ですね。そのようなハードルの高い技術課題に素早く応える環境を整えることは、技術者にとって重要と考え、弊社はテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)を2015年11月に設立しました。自前だけでは新しい技術はなかなか生まれません。メーカーは良い商品を作ることが大前提なので、そのための技術をどのように強化して高度化するかが全社的な課題でした。コラボレーションという協創を意識してTICは作られています。外部や社外の専門的な技術者とコラボレーションし、研究 を行っています。空調・化学・油機・電子システムといった各事業部間での連携も進めています。いろいろな分野の技術者を集めているので、フリーにコミュニケーションして触発することで新しいものを生み出そうという狙いもあります。
例えばある分野の開発でトラブルがあったとき、空調の技術者にサポートをもらうなど、違う分野の技術者に協力してもらうこともできます。空調機の中にはモーター、インバーター、熱交換器関係など、いろいろな部材があります。自動車用のモーターやインバーターなどで何かできないかと思ったときに、スペシャリストが社内にいるので、話を聞いたり人を紹介してもらったりすることが可能です。オープンイノベーションを実践している強みを活かして技術課題に合わせた提案ができればと考えています。
ヒューマンファクターがより重視されるこれからのクルマ
赤松氏
自動運転に関わらず、自動車業界はヒューマンファクターが重視されており、人間のことを考えて作らないといけないという流れが強いです。自動車技術は完成した技術であり、成熟した技術です。電子的な制御技術も含めて、どのようなクルマでも作れるとなったとき、最終的には人間にとって良い道具となることを目指すことになるでしょう。そのためには、人間のことを知る必要があります。クルマにおいて人間工学は古典的な要素です。昔はキャビン設計としてシートのレイアウトやダッシュボードの距離など、メカニカルなものが主流でした。最近は使いやすさ、快適さ、楽しさが重視されるようになってきています。
産業技術総合研究所に設置されているドライビングシミュレーター
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現在、私はヒューマンファクターとドライビングプレジャーの研究をしています。今の自動運転や運転支援技術は最終的に人間に合わせないと使い物になりません。自動運転を進めてしまうと、クルマ好きの方からクルマを運転する楽しみを取り上げかねないでしょう。そうなると、本末転倒というところもあって、自分で運転するとはどういうことかを考えないといけないという世界になってきています。
フロー理論を唱えたアメリカの心理学者であるミハイ・チクセントミハイ氏によると、スポーツが楽しいのは、自分の力を精一杯発揮し、チャレンジするからです。スポーツの試合をするとき、相手が自分より弱過ぎても強過ぎてもおもしろくありません。実力が伯仲する中で、勝つのが一番楽しいでしょう。クルマの運転も同様で、峠道を走るときはやや無理をしながらでも楽しいという感覚を得ながら一生懸命運転します。全体をコントロールしているという支配感が楽しさを生むからです。どれだけ一生懸命運転するかをディマンドと言いますが、ディマンドは与えられるものだけではなく、自分自身でもコントロールするものです。すなわち、同じ道でもゆっくり走れば楽に走れるし、スピードを出せば大変になる。全体のタスクの難しさをコントロールできるのがクルマの楽しさです。自動運転においてもこれらの楽しさを得ることはできます。
自ら一生懸命運転することも、システムに任せてすごく楽をすることも可能です。そのため、今よりも運転タスクの静と動のリズムをダイナミックに楽しめます。自分のクルマの機能を使える範囲を広げてくれる技術という観点で自動運転技術を考えていくのがポイントだと思います。
三浦
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自動運転により運転する楽しみが減るという考え方ではなく、タスクの範囲を広げる楽しみができると捉えることもできるのですね。これまでのお話から、自動運転によりクルマの楽しみ方やクルマの付加価値、使い方が変化していくことを実感しました。ダイキンでは変化するマーケットに素早く対応できるように、常に自動車業界の動向を探っています。今後は自動運転を視野に入れていきたいと考えており、アメリカのサンノゼの拠点や今後ラボを作る予定のデトロイトから、自動車メーカーや関係企業とコミュニケーションをどんどん図っていきたいと思っています。
小さく、軽くするというのは昨今のニーズとしては大前提です。どのようなシステムが求められるようになっても、より人のストレスにならないように、縁の下の力持ちとして技術開発をしていきたいと思っています。今、持っていない技術も当然あるので、赤松先生のような方から、新しい時代がどういうものになっていくのか、いろいろと情報を得ながら、技術も先回りしていければ化学材料メーカーとしての役割を果たせるのではないかと考えています。