菅沼 直樹
金沢大学 新学術創成研究機構
未来社会創造研究コア
自動運転ユニット ユニットリーダー
准教授 博士(工学)
新家 伸洋
ダイキン工業株式会社
化学事業部 マーケティング部長
インタビュー
07/2017
Vol.1 化学材料で自動運転の未来を創る
自動運転の実現を支えるデバイスや精密機器には顕在化していないニーズがまだまだ存在します。自動運転のために必要な技術の現状を知ることで、各メーカーが担う役割にヒントが見えてきます。そこで、2015年から国内の大学として初めて一般道での自動走行実証実験を開始した金沢大学 准教授の菅沼直樹氏とダイキン工業 化学事業部マーケティング部長新家伸洋が、自動運転分野で化学メーカーができることについて議論しました。
新家
ダイキンの化学部門はアメリカのサンノゼに研究所をもっています。化学材料を自動運転やライフサイエンスなどへ生かすために、最先端の技術を探す活動に力を入れています。菅沼先生は約20年間、自動運転の研究に携わられているということですが、海外の研究機関と連携することはありますか?
菅沼氏
国際学会に参加して、そこで情報交換をしています。おおよその技術は持っているので、最先端の研究を行っている研究室の動向をつかみながら自分たちを評価しています。
新家
世界的にみると、どの国のメーカーが一歩先を進んでいるとお考えですか。
菅沼氏
どのメーカーもメディアへ開示されている情報以外は、詳細には出していません。学会では、アメリカやドイツのメーカーが積極的に発表している印象が強いです。欧米のメーカーは博士号を持つ人が研究に携わっています。日本は残念ながら、ハード面もソフト面も研究としてのリサーチというより、エンジニアリングの世界で、自動車をこなれた物にしていくことが重視されています。
センサー・レーダーを研ぎ澄ますためには化学メーカーの力が必要
新家
最近、高齢者のアクセル・ブレーキ間違いが多く、これが防げるだけでも社会的な意味があると思います。化学メーカーが自動運転のセンサー分野で貢献していくための方向性についてアドバイスはありますか。
菅沼氏
例えば、センサーの汚れを自動的にきれいにしたり、そもそも汚れがつきにくくしたり、といった技術はとても重要です。
高速道路で数100キロメートルを運転すると、虫が大量にこびりついていることが多いです。センサーには汚れが付くので、車室内搭載をしたいというニーズがあります。しかし、車室にはガラス面があるので反射が起きます。カメラの場合でも、入ってきた光がガラス面とレンズの間に乱反射を起こして見づらくなります。見たい信号成分の光だけを通したいという要望もあると思います。
センサーにとっての「見やすさ」と、人間にとっての「見やすさ」は違います。センサーが必要な光を検知しやすくするための技術開発など、化学メーカーに貢献していただけるところは多分にあると思います。
新家
我々が持っているフッ素材料はフライパンのコーティングでわかるように汚れがつきにくいという特性があります。他にも反射をコントロールする、表面の撥水性や親水性、耐久性を上げる、硬くする、といった「表面機能材料」の技術開発に力を入れています。加工技術はもちろん、分析や評価といった技術にもダイキンの強みがあり、カメラ関係の汚れ防止や光学関係の制御、光ファイバーの材料に使われたりもしています。
先ほどの人間の目から見た「見やすさ」は評価もしやすいので材料設計に落としていますが、今後はセンサー側から見た「見やすさ」に合わせた評価・分析も必要だということですね。
菅沼氏
センサーのデバイスや信号処理をしているメーカーは、センサーの特性にあった材料や化学成分を探っています。最初の設計段階から化学メーカーと上手くコラボレーションできると製品開発のサイクルも早くなるので、とても良い流れだと思います。
新家
2015年11月にテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)という研究所を設立しました。ダイキンの空調部門と化学部門を支える、機械・電気・化学を専門とした研究者が700名在籍し、外部の大学・研究機関・企業とコラボレーションしながら、オープンイノベーションという形で新しい製品開発を試みています。
菅沼氏
大学という立場上、いろいろな企業と相談させていただく機会が多いです。オープンイノベーションを実践している企業は、未来に対して明るい材料を持っているという印象を受けますね。
熱マネジメントは自動運転における喫緊の課題
新家
自動運転における熱マネジメントに関する課題については、どうお考えですか。
菅沼氏
完全自動運転になると、ものすごい計算量を伴うような演算機器が積み込まれることになるので、放熱問題は喫緊の課題だと思っています。NVIDIAのチップもかなりの熱量を伴うし、ディープラーニングのようなAI系の技術で学習や判断をさせるときは放熱をしっかりしておかないとコンピューターはダウンしてしまいます。センサーでもレーザーを使っているとそれなりに熱を持っているし、いろいろなところで熱問題はあるのではないでしょうか。
新家
今の自動運転車の電気量はどれくらいなのでしょうか。
菅沼氏
実証で使用している自動運転車にはCPUは1台しか積み込んでいませんが、それでも400~500Wあります。センサーなども含めると、かなりの電気量になりますね。
新家
我々は現在、放熱・遮熱・断熱などの熱マネジメント材料にも力をいれています。フッ素は電気的な誘電率が低く、電気の損失が少ないという特徴があります。この特性は電線やアンテナ材料や携帯の基地局やプリント基板に生かされています。また、空調機器ならではの熱に関するシミュレーションや分析力がコア技術としてあります。そういったものを上手く化学の材料と組み合わせることで、自動車メーカーや部品メーカーに提案していければと考えています。
菅沼氏
今まで放熱部分に専門の空調機器メーカーが入っていないことを知らなかったので驚きです。現段階では化学メーカーの知見がクルマにはあまり反映されていないのでしょうか。
新家
そうですね。クルマに10~20年の耐久性が求められているように、フッ素材料が使われているのも、信頼性が必要とされる内燃機関周辺のシール部品や燃料システム周りの燃料チューブです。自動運転の中でも熱が発生し、耐久性・信頼性が必要なところに化学材料技術を生かしていきたいと考えています。内燃機関周辺の重要保安部品は世界ではトップレベルの実績があると自負しています。
菅沼氏
自動運転の世界になると、センサーの一つ一つが重要保安部品です。必要性は高いですね。
新家
安定した品質を生産するという品質管理も我々の強みです。リチウムイオン電池にもフッ素材料が多く使われています。電解液に入っている電解質も、フッ素材料です。バインダーといわれる正極材や電池の漏れを防止するガスケットにもフッ素材料が使用されています。また、フィルムコンデンサのようなパワー半導体周りも、耐熱性のある材料が要求されるようになってきており、開発に力を入れています。アクチュエーターにもフッ素材料を使おうという検討がなされています。
菅沼氏
耐久性や信頼性が求められるところにはフッ素が使われるのですね。
新家
例えば、パナソニックさんは家電で培った技術を自動車部品に応用されています。ダイキンでは空調機器で培った技術や、自社で持っている化学部門の強みを生かしてこれからの自動車に適用していきたいと思っています。
自動運転車の将来を描きながらソリューションを提案する
菅沼氏
欧州系のメーカーは、自動運転中に対面で座ったり、新聞やタブレットを見たり、車内で楽しむ方法を大々的にアピールしています。新幹線では酔いを防止するために緻密な努力をされていますが、なぜか自動運転についてはその議論が全くなされていません。意外と、酔いを防止するための試みはすごく重要だと思っています。実際に自動運転の実験を行う際にクルマで酔うことが多かったのですが、空調で酔いを防止することは可能ですか。
新家
酔いの防止や認知症を遅らせるなど、さまざまな機関で空調についての研究がされています。ストレスを測定しながら空調機を最適化するとか、快適性を高めることで病気になりにくくするといった開発を行っていきたいと思っています。自動運転車の車内での酔いを防ぐための技術開発は必要だと感じます。
菅沼氏
空調から自動運転に貢献できるところは大いにありそうですね。
新家
そう思います。ところで、自動運転でレベル5の車両は将来的に実現するのでしょうか。
菅沼氏
現状、レベル3の車両しか存在していません。将来的には今のADASが新しい形になったようなレベル2の超高度版と、レベル4や5のような完全自動運転と呼ばれるもので二極化すると思います。前者は価格もおさえられるので一般の方が入手できるような普通のクルマです。これがないと自動車をマスプロダクトとして売るような社会の実現は難しいと考えられます。レベル4や5は、あらかじめルート上の情報を入力できるようなバスやタクシーなどの公共交通機関であれば、運行開始前に運行管理会社がセンサーに問題がないかを確認して運行できるので、サービスがより早く展開でき、使う側もメリットを早く享受できると思います。
菅沼氏
一般ユーザーが自動運転のクルマを持つ社会がすぐに来るのかというと、残念ながらそこは時間がかかります。あくまで運転支援のレベルが高度化したものであって、自動運転のようなイメージを体験できるクルマです。今、メーカーが開発している自動運転車の多くは高速道路の走行のみです。
サービスだけでいえば、いろいろと検討ができると思います。夢がないと開発するモチベ―ションにもつながらないので、どんどん進めていただきたいです。サービスが創造できると、完全自動運転がいいか、運転支援がいいかのすみ分けも可能です。サービス側から検討していくのもいい方法だと思います。
新家
将来を描きながら、自分達の技術が役に立って社会が変わっていくのは楽しいと思っています。お客様のニーズや、これからの材料や要望に対してはいろいろなソリューションを持っているので、5年・10年先を見据えた提案をしながら自動運転分野で貢献していければと思っています。